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アートな散策
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父と会った。
父とその友人たちが散策をするという小さなイベントに
飛び入り参加のようなカタチで。

翻訳といえど役職を拒む立場での会社員生活の傍らで
父はずっと美術に携わってきた。
携わってきたというよりは、ほとんどそこで生きていた、のだと
娘としてこのところやっと思えるようになった。心から。いい意味で。

絵画制作と美術評論という居場所を持っている父を私は羨ましく思う。
それは生半可な気持ちで手に入れられたスタンスではなかったかもしれないし
ただ好きだとかただやるしかなくて考える余裕などなかったとかにしても
とにかく様々な情だの思いだの苦労だのひっくるめて羨ましいということだ。

人はその人を生きるように出来ている、誰かを羨んだり誰かになろうとしても
意味がない、というようなことをどこかの作家が書いていた。

そんなこと、本当はみんなわかっている。
けれど、わかっていても何だか認めたくない日だってある。
暗い気持ちではなく明るく、『ちぇっ。いいよな』と思う日があるのも、いい。

人生はシャンパンだ、人にしてやれることなど何もない、
たったひとつあるとすればそれは自分がどれだけきらきら輝いているか
見せつけてやることだけだ、

村上龍の言葉がよぎる。大好きな言葉。

父の友人たちは、いつも父の匂いがする。
父を介して出会うのだから当然なのだが、美術を愛し居所として生きる人の
その娘の私には作品への愛はない。
そのものを愛することはなく、ただ、何かを創り続けるしかない生を生きる人を
懐かしく愛おしく思うだけだ。
あぁ、物心ついたときには既にこの匂いのなかにいたな、私は、という懐かしさと
どこか刹那的な時間を感じる人々の表情に安堵したりもする。

『あなたは絵が描きたいわけではないね。
描いている人々のまわりにいたいだけだ。
もっと言えば、ただ必死に何かをやっている人の側にいたいだけなのでは
ないのかな』

美大へ進学しようと予備校に通っていた私のデッサンを観て父が言った言葉を
よく思い出す。

私の日々に、作品は不要だ。
ただ時折こんな風に、その匂いに触れられればいい。

画廊でも美術館でもなかったけれど、
私にとってはこの時間がアート(生という実感)だな、
そんなことを思った散策だった。
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by michirumi | 2007-10-20 23:32 | はじめまして
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